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横須賀簡易裁判所 昭和37年(ろ)116号 判決 1962年12月28日

被告人 岸川実

大五・五・一生 会社々長

主文

被告人を罰金千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から壱年間右刑の執行を猶予する。

証人神谷秀男、同日野慶次に支給した訴訟費用金千円は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は夜間である昭和三七年四月二〇午後八時一〇分ころ、神奈川県横須賀市大津町一丁目三〇番地先道路(京浜急行湘南大津駅前)において、普通乗用自動車を駐車し、所用後同八時三〇分ころ、番号灯がついていることを確認して運転すべき義務を怠り法令の定める番号灯がついていないことに気がつかないで右自動車を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(検察官および被告人の主張に対する判断)

本件公訴事実の本位的訴因とするところは「被告人は夜間である昭和三七年七月二〇日午後八時一〇分ころ、神奈川県横須賀大津町一丁目二五番地附近道路において、番号灯がついていることを確認して運転すべき義務を怠り法令の定める番号灯がついていないことに気がつかないで普通乗用自動車を運転したものである。」というにあつて、これに対し被告人は、「夜間である同日時、同場所において、被告人運転の乗用自動車の番号灯が電球故障のため点灯していなかつた事実は認めるが、同日午後八時近いころ、被告人は同市東逸見一丁目二番地の会社事務所を発進し、本件現場に到着するまでの途中横須賀駅裏路上において警察官によつて行われていた自動車一斉取締検問所の検問を無事通過し安心して運転してきたのであるから、それまで番号灯の点灯していたことは確信が持てるので、その後駐停車もしていないから、おそらくそれから本件現場に到着するまでの間において電球の発光線が自然に切れ故障したものと判断するのほかはなく、この故障は不可抗力に近く、運転者席にあつて、その走行中に起つたかかる原因による番号灯の滅灯を運転していて覚知することは不可能であるから、検察官の主張するような義務は負えない。」しかし「予備的訴因のとおり湘南大津駅前路上に駐車し、附近の家作に家賃集金に廻つて帰車し同八時三〇分ころ、再び乗車し、番号灯のついていることを確認することなく『エンジン』を始動し、前照灯を点じ、つぎに『ギヤー』を入れる動作に移ろうとした瞬間警察官に番号灯のついていないことを注意されたので下車して調べてみて始めてそれに気がつき、電球の切れているのを発見し、直ちに最寄りの自動車工場から新電球を求めてきて点灯させたものである。して右被告人の操作が運転行為であることも争わない。故に予備的訴因(すなわち判示事実と同一)については、まさにそのとおりであるからこれを認める。」といい、検察官はさらに「被告人主張の検問での一斉取締りは主として無免許と酒気帯び運転を対象に行なわれたものであり、番号灯の点滅検査の方面は目的にされていなかつたものであるから、たとえ被告人がその検問を無事通過していたとしても番号灯が正常に点灯していたことを確認する資料にはならない。」と主張するにあるので審究するに、昭和三七年一一月八日付検察事務官作成の電話聴取書と被告人の当公判廷における検問所の状況として「停車を命じられたので、『ライト』をつけたままで停車したところ、棒を持つた警察官が二人位で自動車を一廻りして調べたうえ免許証の提示を求められ提示したところ『オー、ケー、』と云つたのでそのまま発進した」趣旨の供述部分とを総合すれば右電話聴取書中には検察官の主張にそう取締対象に関する記載がないではないが、その一斉検問所では二人程の警察官が被告人の自動車の周囲を一巡して自動車の風体を調べた様子があり、そのうえで運転免許証の提示を求め「オー、ケー、」と宣している以上、たとえ灯火について、その点滅検査まで行つた形跡はないにしても、灯火といわず外見が一見普通であつて、その敏感な警察官の五感にも異状な点の反映がなかつたのでそのまま検問を通過させたものであることを推認するに難くない。だから被告人とすれば夜間の検問のことなのだから特に灯火の可否の点が一番気になつたであろうし、それも悪いところがなくて検問がすんだものと安心して運転を継続したという弁解に対しては、社会通念上世人は、これを無理もないことであるとして是認することであろう。そうだとすれば問題の電球の故障は、検察事務官作成の昭和三七年一二月五日付電話聴取書、証人神谷秀男の当公判廷における第一回の供述中「証人が大津駅前派出所の中で見張勤務中被告人運転の自動車が駅前に曲つて入つて来た際、番号灯をつけていないのを認めた」趣旨の部分、渡辺泰二作成の証明書、被告人の当公判廷における供述中「警察官の注意で番号灯のついていないことを知り、電球を買つてきて取換えたらついた」旨の部分、右神谷証人の当公判廷における供述中(第一、二回)「被告人を交番に呼んで調べようとしたら勝手に出て行つて三〇分位して番号灯がつくようになつたと云つて戻つてきた」趣旨部分および「私は電球が切れたものと思つておりました」(第二回)との部分を各総合すれば、右検問通過後約四・三五〇米位走行し、湘南大津駅前路上において右警察官に現認されるまでの中間において生じ滅灯したものということができる。そこでこの滅灯とそのまま運転した被告人の責任の関係について案ずるに、格別運転者席において、自由にその点灯を確認し得る機械装置を持たない本件のような自動車において、横須賀市のような市内街路を走行中に、少し走つては一々車を停止して下車のうえ番号灯を調べその点灯を確認すれば完璧かというに、もしそのようにする注意深い運転者があつて、例えば一〇〇米おきに停車下車して確認したとしても、つぎの一〇〇米に達するまでの間において電球が切れ滅灯していたとすればその間、番号灯のついていない車を運転したことになり、そのことはつぎの停車確認のときでなければ判らない道理で、ただそれを早く発見ができるというに過ぎない。これこそ人間力と機械装置が一体となつて始めて解決される問題であるところ、本件はその機械装置の欠缺するところに由来する事象である。だからその滅灯が覚知され、また予見され、または予見し得べきような特別の事情のある場合は別として、(本件ではそのような事情は認められない)走行中そのようにまでして運転者にその人力のみによつて確認の措置をとらせるとすれば、走行を生命とする自動車の機能は全く没却され、運転者にも苛酷のことであつて期待不可能といえる。しかしこの種の事情による番号灯の滅灯は運転者席で自動的に覚知し得る装置を持たない以上、そのように停車して調べてみたところで、なお、かつ、およばないものであり、滅灯を知らずに運転していることのあり得ることは十分予期されるところであるのだから踏切や交差点とか、あるいは乗降のために極く短時間であつて、かつ運転者がその席から離れなかつたような駐停車は別として、本件のように被告人は駅前において駐車し車を離れて附近に家賃の集金に行き、証人日野慶次の当公判廷における供述によれば、約二〇分位して車のもとに戻つてきたというのであるから検問所の場所から約四・三五〇米も走行してきたうえに、そのように車を離れて二〇分間も用達のために駐車して再出発するような場合には、当然その機会を捕えて番号灯の点灯を確認したうえで発進するのでなかつたならまた走行が続き、ついにその確認の機会は失われることになる。だからかかる機会ある毎に、そのようにして確認することは必要であるし、それが決して不可能のことではなく、運転者にとり苛酷な要求とも云われないし、むしろ運転者は普段自然にそのような行動をするように習慣づけらるべきが至当であろう。しかるに被告人は判示のとおり、そのような確認の義務を怠り番号灯のついていないことに気がつかないで、その自認のような操作をして当該自動車の運転をしたものである。よつて以上の理由により本位的訴因に対する被告人の主張はその理由があると認めるので本位的訴因については、本件のような場合に運転者たる被告人に対しそのような行動に出ることの期待については、いわゆる期待不可能であつて被告人にその罪責なしと断ぜざるを得ないが、予備的訴因については、被告人に対しそのような行動に出ることの期待については、いわゆる期待可態性があり被告人にその罪責あるものと認定する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法五二条一項、同法施行令一八条一項一号、道路運送車両法四一条一三号、昭和二六年運輸省令六七号三六条、道路交通法一二〇条二項、一項五号、罰金等臨時措置法二条一項にあたるので所定金額の範囲内で被告人を罰金一、〇〇〇円に処し、刑法一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとするが、被告人は公訴提起後いたく本件不注意であつたことを悔い、その後たまたま夜間乗用車を運転して東京に行つた途路、番号灯等の点灯が気にかかり、わざわざ走行途中停止下車して確めつつ運転を続行した由を述懐しているところであつて、その人柄、職業的地位、資産状態等諸般の状況から推し再犯の心配はないし、本件違反行為を警察官によつて現認されその注意をうけた際、多少反抗的に出で無反省かと思わせるような態度であつたことは窺われるが、さりとて結果において、その非を悟り、警察官の取調べ途中において、自ら電球の買求め等修補に奔走して直ちにその場において点灯させている事案でもあるから、相当期間その執行を猶予して更に深い自覚反省の機会を与え、その感銘によつて将来注意深い自動車の運転に指向せしめることは、この取締法規の目途するところにも合致するものと思料されるので、刑法二五条一項一号により、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、証人神谷秀男、同日野慶次に支給した訴訟費用計金一、〇〇〇円は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人にこれを負担させることとし、主文のとおり判決する。

右のとおり本位的訴因については無罪とし、その予備的訴因について有罪を認定したので、本位的訴因については特に主文において無罪の言渡をしない。

(裁判官 亀田松太郎)

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